2013年3月日中対照言語学会月例会報告

ひと
汪然(北京大学博士後期課程)
日時
2013年3月30日(土)18:00~20:00
場所
大東文化会館K-401
テーマ
他動詞の語彙的使役について
要旨
本発表は、他動詞を有対と無対の2種類に分けて、語彙的な使役を分析した。結論としては、以下の3点が挙げられる。
  1. 無対他動詞は片方の働きかけを表わす動詞なので、文の中で対象物の自主性を無視している。
  2. 意味的には、「主体動作・客体動き」パターンの有対他動詞が語彙的な使役を含意するのに対して、無対他動詞は語彙的な使役を原則として含意しなく、疑似使役的な性質だけが見られる。
  3. 無対他動詞の受身は自動性が薄く、周辺的な自動性のみを持っている。
会場からの意見
  1. 文法的使役に対する先行研究がまだ不十分なので補充すること。
  2. 文法的使役に強制・誘発・許可・放置・責任があり、語彙的使役にまったく同じような5種類の下位分類があるという結論は理想的すぎるのではないだろうか。
  3. 言語の世界は現実の世界と違っている場合があるので、混淆しないこと。
  4. 自他動詞の対応に対する説明をはっきりさせること。ローマ字で語幹と語尾を分けた方がいい。
  5. 他動詞の語彙的使役と自動詞の使役形と使役動詞を区別すること。
 

2013年2月日中対照言語学会月例会

ひと
楊玉玲(北京語言大学博士後期課程)
日時
2013年2月23日(土)18:00~20:00
場所
大東文化会館K-401
テーマ
「N1+の+N2」構造における「の」強制性について
―中国語の“的”との比較を通じて―
要旨
本発表はHaiman(1983)の「言語的距離=概念的距離」という論説から出発し、日本語の「全体――部分」を表す「N1+の+N2」構造を中心に、「の」が強制的である理由を音韻と形態の面から中国語の構造助詞“的”と比較しながら考察してみた。そして、「の」が脱落できないのは、複合名詞のアクセント構造と意味構造に関係があるかもしれないという考えを示し、また連語単位において、アクセント言語の修飾語表記はアクセント言語でない言語の修飾語表記より強制的であるかもしれないという仮説を提出してみた。
会場からの意見
  1. 連語と単語の判断基準を辞書だけに頼らず、連語、複合語と単語の判断基準を自分なりに整理してはっきりとさせること。
  2. 理論からではなく実例から出発すること。
  3. 実例をもっと集めて、和語を対象にするか漢語を対象にするかをはっきりさせること。
  4. 論文の論点をはっきりさせること。
  5. 参考にする言語と言語例を深く研究され、信憑性の高いものにすること。
 

2013年1月定例月例会報告

類義語コロケーションから見る日中同形語表現の対照分析
-「改正」「改訂」「改定」「変更」を中心に-
孫 宇雷(そん うらい)
大東文化大学外国語学研究科博士後期課程

 本研究は学習者の誤用例「AからBに変名される」を皮切りに、従来のミニマルペアの対照研究と異なり、類義語コロケーションの角度から日中同形語表現への考察を行った。具体的には、以前の研究で考察した「変名」「改称」「改姓」「改名」に引き続き、「改正」「改訂」「改定」「変更」とそれぞれ対応する中国語の同形語の検証をした。例(「AからBに変名される」)の誤用は辞書の記述とは一致しているが、新聞サイトなどを生の材料として研究した結果、辞書により①同形語対訳は品詞、能動・受動、意味範疇及び使用範囲の相違から適切ではないこと、②“改订”“改定”の意味解釈が不十分であること、以上2点がわかった。問題解決策として、品詞別に使い分けを説明することを提言した。

 詳細な研究発表が行われたが、例文の選定や論旨の進め方などでさらに研究をする必要のあるところもあった。質疑応答も活発であり、時間が足りないほどであった。会場からの主な意見は以下のとおりである。

意見1:類義語グループの研究より、ミニマルペアの研究をやってから、対照や比較をして、共通点と相違点を述べたほうが明白だと思われる。
意見2:「改正」「改訂」「改定」を一つのグループにして、「変更」を別のグループにしていい。同じグループにして取り扱う理由は不明瞭である。
意見3:考察材料として、文章体と会話体、また、行政用語が含まれている法律の文を分けて考察したほうがいい。
意見4:表の項目に通し番号を付けること。また、日本人に見せて文章を訂正してもらうこと。また、論文を分かりやすく書くこと。さらに、表の項目に通し番号を付けることが大切である。
意見5:「簡単に変更する」「予告なしに変更される」の場合、「に」は前項の一部分となる。なので、「に変更する・される」の用例として扱ってはだめということ。
意見6:“改正为”“改定为”“改订为”“变更为”の“为”は前置詞ではない。
意見7:カラーの表を黒白印刷にすると、分かりやすく説明すること。
意見8:「改正」・「変更」+数字の例の取り扱いは適切ではない。
意見9:複合語用法から見ると、前に来る「改訂」と後ろに来る「改訂」があるが、その理由についてもっと詳しく研究したらいいと思われる。
意見10:「能動性が受動性より高い」という言い方について、用例を出しながら説明したほうがいい。
意見11:意味考察の図について、もっと例文挙げて説明したほうがいい。また、新聞検索とコーパス考察それぞれのものを比較してから、まとめた作業が必要である。
意見12:中国語の品詞仕分けは、かなりゆとりがあるが、品詞わけの際に頼る標準・方法について、謹慎にやる必要がある。
Q:『教科書かいてい』の中国語訳は、“改订”ですか?“改定”ですか?“改订”と “改定”の相違点はどこにありますか。
A:訂正する場合は“改订”ですが、改めて別の教科書を使う場合は“改定”です。
Q:“改定”の「注文を改める」意味と“改订”とは、区別はありますか?
A: “改定”は、一人が皆さんのものを決める場合に使うが、“改订”は一人は自身のものを決める場合に使います。

 

2012年11月例会の報告

 日中対照言語学会11月例会は、主催者側の都合により、12月1日(土)午後6時から8時半まで大東文化会館で開催された。発表者や研究発表などは以下のとおりであり、活発な質疑応答があった。

過剰の意味を表す“过”と“过于”について
楊 玉玲(北京語言大学博士課程・大東文化大学博士課程国費留学生)

要旨

 本稿は主観量の過剰を表す“过”と“过于”の形態論的性質から、“过”と“过于”が修飾する形容詞に音節制限がある理由について考察し、音節制限があるのは、“过”が単独で使用できる程度副詞ではなく、副詞的拘束形態素であることが理由だと考えられる。

 構文構造上では、過剰を表す“过于”の修飾範囲は“过”より広く、形容詞のほかに、形容詞連語、動詞、動詞連語、形容詞的な名詞等も修飾することができる。“过A”と“过于VP”はさらに程度副詞の“有点”によって修飾することができる。程度副詞の“太”は“过于VP”と語彙化した“过A”を修飾することができるが、単語にはなっていない“过A”を修飾することができない。“太”が“过A”を修飾できない理由は韻律に関係あるが、“有点”と“太”が“过A”或いは“过于VP”を修飾できる理由は過剰表現の主観性によるものである。

 文法機能の面において、“过于VP”と“过A”は“谓语”として使われる場合が最も多く、中でも“过于VP”が“谓语”として使われる比率は極めて高いことが見られる。それは“过于”が形容詞だけでなく、動詞と動詞連語も修飾することができるためである。“过于VP”と“过A”が“主语”と“宾语”としても使われるが、その理由は“过”と“过于”が後ろの“A”と“VP”に主観的な限界性を与えることにより、“过A”と“过于VP”は名づけ的な連語になることにあると筆者は考えている。

 楊玉玲さんの発表に対して、会場からたくさんの質問があった。主な質問は以下のとおりである。これらの質問に対して丁寧に答えていた。

1.“过A”に関する例文も挙げたほうがいい。また、“过”が修飾する形容詞に音節制限があるのは韻律上の制約以外にほかの理由があるかどうかを考える余地がある。

2.語彙化したまた語彙化していない“过A”をどういうふうに区別するかもっと明確にしたほうがよい。

3.なぜ“过于”を820例分析したのか。

4.“过A”と“过于VP”の文法化プロセスも考察したほうがよい。

 

 
中国語の使役表現について
高橋弥守彦(大東文化大学)

 《中学教学语法系统提要》(1984:19、以下《提要》と略称)では、“把字句”“被字句”“动词+宾语句”(“主谓句”)で作る3類の文は互換できる場合があると指摘している。しかし、日本語のヴォイスとそれを用いて作る各類の各文で作る体系を考慮に入れると、日中対照研究の観点からは互換可能な文として使役表現(“使令意义的兼语句”、以下“使令句”と略称)を含めたほうがよさそうである。仮に使役表現を含めるとすると、以下のような体系としての文が作例できるであろう。

(4)张三表扬李四了。(“主谓句”、作例)

   張三が李四を褒めた。(筆者訳)

(5)张三把李四表扬了。(“把字句”、作例)

   張三が李四を褒めた。(筆者訳)

(6)李四被张三表扬了。(“被字句”、作例)

   李四は張三にほめられた。(筆者訳)

(7)老王叫张三表扬李四了。(“使令句”、作例)

   王さんは張三に李四を褒めさせた。(筆者訳)

 上掲の4類の文は互換関係にあるとしても、叙述の基本文は“主谓句”であり、“把字句”“被字句”“使令句”は、現実のヒトが織りなす行為など(出来事)の各関係を言語に反映した派生文である。すなわち、各類の文が一つの現実を反映する言語体系を作っているとしても、それらは使う場面(言語環境)が、それぞれ異なることを意味する。

 これまで、《提要》に挙げる中国語の3類の文(“主谓句”“把字句”“被字句”)について、文構造の面から文レベルの研究が盛んに行われ、3類の文の互換や比較・対照などの面から多くの研究成果を出している。使役表現は、これとは別に独自の研究がなされている。しかし、この4類の文は、一つの現実を反映した上掲に挙げるような互換関係にあるので、誰に焦点を当てるかにより、連語レベルから、その文構造に適した「使役のむすびつき」「処置のむすびつき」「受身のむすびつき」などが選ばれ、それぞれの文が完成される。その一端として、本発表では使役表現のなかの連語で表す使役義に焦点を当て、連語レベルから使役義を意味する「使役のむすびつき」を設け使役表現を検討している。

 本発表で対象とする使役表現は、使役動詞“叫/让/使/令”を用いる文である。筆者の調査によれば、実例ではこのうちの“让/使”がよく使われ、“叫/令”はさほど多く使われていない。このうち、“叫/让”は使役表現にも受身表現にも使えるので、先行研究による言葉の世界の構造分析だけでは、実際のところ、どちらか判断しにくい場合もある。

 言葉の世界は現実の世界の反映であると考える筆者は、この問題を解決するために、先行研究と例文・実例を整理することにより、中国語の使役表現の定義に言葉の世界だけでなく、現実の世界の定義を加えた。このことにより、“叫/让”が使役表現を表す文か、受身表現を表す文かの問題は解決される。

 また、使役表現で現す構文構造のうち、連語論の観点から使役義を表す「“叫/让/使/令”+客体+動詞/形容詞(+その他)」を「使役のむすびつき」と名付け、その内容とひとまとまり性を明らかにすることにより、中国語の使役のむすびつきが結果と結論を表すことを明らかにしている。

 本稿を執筆するにあたっての筆者の調査によれば、使役表現は一般に主体が客体に働きかけて、意思性のあるヒト同士が織りなす出来事なので、その「主体」はヒトである場合が多いが、意思性のない「カラダ」「モノ」「コト」である場合もある。主体の対象であり、使役のむすびつきを作る「客体」は主体に働きかけられる対象や主語の許可を求める対象なので、やはりヒトである場合が多いが、意思性のない「カラダ」「モノ」「コト」「場所」である場合もある。ヒトである場合は主体の働きかけをうけて、「使役のむすびつき」の中で、ある動作や行為などを行うが、「カラダ」「モノ」「コト」「場所」である場合は、主体の影響によって、「使役のむすびつき」の中で、客体に生じる結果や結論を表す。

 この発表に対して会場から使役表現と受身表現の違いや両表現に対する異同などに関する質問があった。

 

2012年10月定例月例会報告

(司会:高橋弥守彦 大東文化大学)  

ひと
馬一川(大東文化大学・北京外国語大学交換留学生博士課程後期2年)
汪 然(法政大学・北京大学交換留学生博士課程後期2年)
日時
10月20日(土)18:00~20:00  
場所
大東文化会館k-401   

[研究発表概要]

(1)日本語の条件表現に対応する中国語の関連詞“就”の意味について―非現実の事態を表す“就”を中心に―

馬一川

 日本語の典型的な条件表現「レバ形式」「タラ形式」「ナラ形式」は、一般的には中国語の関連詞が、それに対応する。その内、最も多く使用されるのは関連詞“就”である。関連詞“就”は時間副詞“就”から派生したので、現実の事態を表す文によく使われる。従来の研究は、主にこの“就”を中心にとりあげ、意味的には「事態間の時間的継起性と近接性」を表すと結論を下している。一方、非現実の事態を表す“就”についての考察は少なく、王1994、中島2007、李2011で少し検討しているものの、“就”の意味問題に関しては依然として不明な状態である。

 本稿は、現実の事態を表す“就”の「時間的継起性と近接性」の意味を手がかりに、日本語の条件表現に対応する非現実の事態を表す“就”の意味解明を試みている。一言でいうと、“就”の本来の「継起性」は「前件の条件から後件の帰結を引き出す」ことに意味変化し、本来の「時間的近接性」は、客観的論理基準による「前件条件の成立に従って後件帰結も成立する」と主観的論理基準による「前件条件の成立に従って後件帰結の成立度も高い」ことに意味変化したと考えられる。つまり、日本語の条件表現に対応する“就”は「前件条件から後件帰結を引き出し、前件条件の成立に従って後件帰結も成立する、あるいは、成立する可能性が高い」を意味とすることが明らかになった。

 

 

(2)無対他動詞の結果達成性について

汪然

 宮島(1985)以来、無対他動詞には変化の傾向が必ずしも含意されていないと見なされている。しかし、「失う」「選ぶ」「殺す」「払う」は同じ無対他動詞でありながら、疑いなく過去である条件で既に結果を達成していることを表している。

 筆者は、無対他動詞の中では、ある程度のものは変化の傾向を表している見なし、無対他動詞の結果達成性について考察を行った。そして、限界性、意図性、変化性の傾向という3つのパラメータを設けて、結果達成ランクへの一歩を進めた。考察範囲としては、『日本語基本動詞用法辞典』(小泉保ほか1989)から抜き出した145語の和語の単純語である。

 3つのパラメータによれば、パターンAからパターンHまで8種類に分けられる。パターンAからパターンHまでには、無対他動詞の結果達成性がだんだん弱くなっていくことが見られる。結果達成性には、最も強いパターンAからかなり高いパターンEまでで、今回の考察総数の54%を占めている。場合によって結果達成を表すパターンFは42%を占めており、結果性の全くないパターンHは4%しか占めていない。このことから、無対他動詞は総体的に見れば、結果達成性のかなり高い動詞と言える。

キーワード:無対他動詞 結果 限界性 意図性 変化

 

2012年9月定例月例会報告

 
“被字句”の用法について——“给”の有無による異同について
大東文化大学中国言語文化学専攻博士課程前期1年 劉爾瑟

 文構造「受け手+“被/让/叫/教”+仕手+“给”(+客体)+動詞+その他」は、“被字句”派生構造のうちの一つである。筆者は、それを“被…给…”式と言う。“被…给…”式における“给”の後の客体は省略可能である。

 筆者は颜力涛(2008)の説に基づき、現代中国語“被…给…”式における虚詞“给”の意味を3類に分ける。これは、連語論の観点から分析すると、むすびつきの違いによって、“给”の意味が変化するためである。

“给1”:与事を標記するむすびつき;

“给2”: 施事を標記するむすびつき;

“给3”: 受事を標記するむすびつき。

 “被…给…”式における“给”は、“门被张三给我锁上了。”(“给1”)[私は張三にドアを施錠された。]でなければ“门被张三给它锁上了。”[ドアは張さんによって施錠された。](“给3”)である。“给”の後の客体が省略される“门被张三给锁上了。”[ドアは張さんによって施錠された。/私は張三にドアを施錠された。]と、“给”が標記する語義成分は単一でなくなる。

 本発表では、“被字句”のうちの“被…给…”式を取り上げ、先行研究の分析と実例の検討から、“被字句”における“给”の有無、“给”の後の客体の有無による意味上の異同、およびその原因が明らかにされた。

 本発表に対し、会場から詳細な発表であるという賛辞があがったが、“给3”は客観的事実“张三锁上门了。”を述べているのではなく、他の用法ではないのかという疑問もあった。また、言語環境(文脈)を分析するほうが、より確かな理論になるのではないだろうか、と言う意見も出された。

 

 
動前式の“在+空间词”について―“在+空间词”と格付き空間詞の対応関係―
洪安瀾(大東文化大学中国言語文化学専攻博士課程前期2年)

 中国語 “在+空间词”は、文中における位置が比較的自由であり、以下の例文に見られるように、五つの位置に用いられる。

(1)书在桌子上。(作例)

本は机の上にある。(作例)

(2)在桌子上他放了几本书。(『中国語文法概論』p209)

テーブルの上に、彼は本を数冊置きました。(同上)

(3)他在桌子上放了几本书。(『中国語文法概論』p206)

彼は机の上に本を数冊置きました。(同上)

(4)他把几本书放在桌子上。(『中国語文法概論』p209)

彼は本を数冊、机の上に置きました。(同上)

(5)他放了几本书在桌子上。(『中国語文法概論』p213)

彼は本を数冊机の上に置きました。(同上)

 例(1)では、“在”が文の本動詞であり、基本形式の“在+空间词”の使い方である。例(2)、(3)は“在+空间词”を本動詞の前に用いる構造であり、両形式を「動前式」構造と言う。例(4)、(5)は“在+空间词”を本動詞の後ろに用いる構造であり、両形式を「動後式」構造と呼ぶ。「動前式」構造の例(2)、(3)に用いる“在”は介詞であり、主体の行為により、客体が空間に実現することを表している。

 日本語では、「空間での実現」を表す格付き空間詞は、主として空間に存在を示す「に、へ」格、空間的な範囲を限定する「に、で」格、空間的な移動を示す「を」格である。

 筆者は“在+空间词”を用いる実例を300例集め、調査すると、132例は動前式の“在+空间词”の例文であった。意味的には、それらの例文は大きく「行為を表す空間」(56)、「範囲を表す空間」(32)、「存在を表す空間」(29)、「移動を表す空間」(6)の4組に分けられる。残る10例の“在+空间词”は働き掛けを表す空間であったり、消失を表す空間であったりする。

 本発表では先行研究と収集した実例を分析し、詳細な報告がなされ、動前式2形式の語用の傾向が明らかにされた。

 これに対し、会場から、先行研究よりはるかに詳しい報告である、と言う意見が多かったが、動前式・動後式を用いている范继淹(1982)の説との違いが明確ではないと言う指摘があった。また、文法用語が統一されていないと言う指摘もあった。

 

日中対照言語学会7月例会

(司会:王学群 東洋大学)

ひと
孫宇雷
邱麗君
とき
2012年7月21日(土)
場所
甫水会館 201

[発表要旨]

1.逆接関係を担う複合辞の中国語訳について -主観性へのアプローチ-

大東文化大学大学院外国語学研究科 日本言語文化学専攻博士後期課程 孫 宇雷

 本稿は逆接関係を担う複合辞、特に逆接条件文における複合辞「クセニ」「ニモカカワラズ」をとりあげ、日中対訳コーパスを考察し、適切な中国語訳を主観性の視角から分析してみた。主観性分析の便宜のため、<舞台>というイメージを取り上げながら説明した。

 「クセニ」文では、話し手は常に<舞台>の下にいて、<舞台>上のものの違和感、意外感や不満について語っている。話し手が舞台上の主体となる場合もあるが、その場合、視点が相変わらず舞台の下にあって、まるでもう一人の話し手が舞台下で観衆の皆さんと同じ視角を取り、自分のことについて違和感や意外感について語っている。中国語訳として、譲歩を表す“尽管”“虽然”シリーズの連接語より、普通の逆接関係のを表す「但是・可是・然而・可・还是・仍然・却」などに訳したほうが多い。追加的に、“后半句通常是个人对前半句叙述主体做出的评判,与前半句应有下文相反的情况居多”と解釈したほうが適切だと考えられる。

 一方、「ニモカカワラズ」文では、<人間>だけではなく、<事実>が常に<舞台>上にあって、話し手が常に観衆の皆さんと<舞台>の下にいて、観衆が感じられた違和感や意外感を語っている。中国語訳には譲歩を表す“尽管”が大多数を占めているが、脱文法化現象として、“不顾”と訳されることも観察された。中国語解釈として、“「ニモカカワラズ」是表达与一般大众的常识性推断相反事实的关联词”が適切だと思われる。

 

 

2.小説の訳文から見た非現場指示用法の中日対照研究―中日指示詞が対応しない場合―

大東文化大学大学院外国語学研究科 日本言語文化学専攻博士後期課程 邱 麗君

 本論では、中国語の小説から抽出した中国語の指示詞とその訳文である日本語の指示詞が対応していない例に焦点を当て、考察を行った。その結果は中国語の指示詞“这(zhè)/那(nà)”では指示機能が弱く、指示と代替機能がほかの機能に転成するか、あるいは消失していく現象がある。それに応じて日本語の訳文では指示詞に訳されなかったり、省略されたりして、中日指示詞の機能、意味にずれが生じ、対応できないことが明らかになった。

 また、日中指示用法の異なっているところは不対応の原因になる。日本語の観念指示用法は中国語の指示用法では存在していないため、原文では指示詞を用いているが中国語の訳文では省略された例が多く見られる。そして、「コ・ソ・ア」系指示詞と“这/那”の後方照応用法は使用範囲が異なる。前者は後文に指す内容や後文の長さと関係がなく、全てにおいて使うことができるが、中国語文では後文にある指し示す内容に対して説明する必要性が高いかどうかや、後文の長さに関わる。つまり、後文があまり短すぎると使うことができず、指す内容が特に説明する必要がなければ、用いられない。

 

『日中対照言語学会』6月例会

 『日中対照言語学会』6月例会は以下のとおり行われ、時間が足りないほどの活発な質疑応答があった。各発表者はそれぞれ長年の研究成果の一部を発表しているようであった。

2012年6月定例月例会報告(司会:王学群)

日時
6月23日(土)18:00~21:00
場所
東洋大学甫水会館201  

研究発表概要

1.孫 宇雷(大東文化大学博士課程院生)「改正や変更にまつわる日中同形語の対照研究-「変名」“变名”「改称」“改称”「改姓」“改姓”「改名」“改名”を中心に-」

 筆者の本研究は実例と先行研究から、改正や変更にまつわる日中同形表現を取り上げ、「名称を改める」語義グループに属している「変名」“变名”、「改称」“改称”、「改姓」“改姓”、「改名」“改名”を研究し、言語内の比較および言語間の対照を通じて、形態・統語・意味上の連鎖性及び相違を明らかにした。結論として、次のような内容が明らかになった。

1)“变名”についての記述はなかったが、本研究を通じ、“变名”は「名前を変える」「裏切る」「仮名」を意味し、動詞、名詞としても使われていることが明らかになった。

2)品詞によって、それぞれの意味変化が見られている。日本語の場合は名詞的性格が見られるのに対し、中国語の場合は動詞的性格が強い。また、“改称”“改姓”には、辞書の記述とズレのある部分もあった。“改称”には「話の内容を変える」、“改姓”には「所有者、性質が変わる」の意味が見られたが、辞書にはなかった。さらに、“改姓”の「あることをしたらひどい恥辱であるという時に使う」使用例が見られなかった。それは、話し言葉の使用として、新聞や書き言葉語彙コーパスには現れにくいと推測できる。

3)対訳関係からみると、「変名」は“改名”に訳されると日中辞書にはあるが、実際は不適切だということがわかった。「変名」は「本名を隠して別の名で称する、また、その名」を意味しているのに対し、“改名”は「名前を改める」意味で、対応関係が見られないことが明らかである。

 会場から、実例を収集した詳細な研究発表ではあるが、先行研究が少なく、ほとんどが辞典に挙げられている用法であるとの指摘があった。

 

 

2.白石祐一(中央大学非常勤)「名詞性述語文と副詞―名詞性述語文の述語性は何位由来するのか?—」

 中国語の名詞性述語文が、動詞の“隐含”によって「述語性(“谓词性”)」を生じさせていること(吕叔湘1979、范开泰1990、张国宪1993、施关淦1993、范晓1998)を確認した。また“顺序义”“类别义”“量度义”“动核化”“性状化”(张谊生1996)によって「述語性」が生じるかどうかを検討し、“性状义”が「述語性」を生じさせていることを述べた。さらに名詞性述語文のいくつかの下位カテゴリーと副詞との関係について初歩的な検討を加えた。

 横川先生より“隐含”と“性状化”二つの概念が互いにどのような関係を持って「述語性」を生じさせているか検討しなければならないとの御指摘を受けた。また、高橋先生、王学群先生より“隐含”などよりもっと本質的な説明原理があるのでは、との御指摘を受けた。さらに、コーパスの均質性などについて注意を求められた。

 

 

3.梁霄月(大東文化大学・北京外国語大学交換留学院生)「テイルと“正、在、正在”、“着”、“呢”」

 今回の発表テーマは、日本語継続相シテイルと中国語時間副詞“正、在、正在”、アスペクト助詞“着”、語気助詞“呢”との対応関係である。今まで、“正、在、正在”、“着”、“呢”について、それぞれ検討してきたが、今回の発表では、工藤真由美の継続相シテイルの分類に基づいて、シテイルの中国語訳、主に“正、在、正在”、“着”、“呢”を中心に対照研究を試みた。

 研究方法としては、中国語の新聞、日本人向けに編集された中国語の読み物、中国語原文の日本語訳小説から例文を集め、“正、在、正在”、“着”、“呢”に関して、既に立ち上げた理論を生かし、例文の説明、理由分析を行った。同時に、理論の正しさを検証した。

 “正、在、正在”は中国語の時間副詞であるのに、何故シテイルに対応するのか。この問題を解決するためには、動詞との関係だけにとどまらず、連語の構造において、単語の意味変化が生じるため、連語論の角度から考えるほうがより説明しやすい。“着”について、以前再分類を行ったが、今回は再分類のもとで、シテイルとの対応関係について詳しく説明した。“呢”をシテイルに訳すケースが多く見られるが、逆の例が少ない。これは日本語の曖昧さと中国語の多様化など両言語の言語的特徴を証明するものである。論文の作成中に、未解決の課題もたくさん見つかったので、今後の新しい研究成果につながればと望む。                       

 会場から例文が少なく、先行研究と本研究の違いが明確でないことなどの指摘がなされた。すでに、これらの研究成果があるなどの指摘もあった。

 
研究発表報告者:高橋弥守彦
 

『日中対照言語学会』4月例会 

 下記の通り、『日中対照言語学会』4月例会が東洋大学で開催され、会場と発表者の間で活発な質疑応答がありました。

ひととテーマ
梁霄月(「ている」とアスペクト助詞“着”の対応関係について):北京外国語大学院生・大東文化大学交換留学院生)
高橋弥守彦(「“被字句”の受け手と仕手について」:大東文化大学)
司会
王学群(東洋大学教授)
日時
4月21日(土)18:00~20:00
場所
東洋大学甫水会館201教室

1.梁霄月(「ている」とアスペクト助詞“着”の対応関係について) 

 筆者は先行研究と実例とにより、アスペクト助詞“着”を以下のように体系的に分類している。アスペクト助詞“着”の基本義は「持続」だが、出来事(連語)とのくみあわせにより、“着”に意味変化が起こり、「進行の持続」と「結果の持続」と「状態の持続」に意味分化し、「状態の持続」は出来事より大きな単位でさらに下位分類がされる。筆者はアスペクト助詞“着”について、以下のような表を作っている。

[表]“着”の再分類
              進行の持続 
アスペクト助詞“着”    結果の持続
    (持続)      状態の持続    V1がV2の方式
                       モダリテイ的な用法   誇張
                                   命令

 これまでアスペクト助詞“着”は言語事実により、“着”の用法分類と意味分類、またはどのような動詞のアスペクト義の局面を表すかなどの研究が行われてきた。それに対し、本発表は、単語レベルを基本義とし、連語レベル、文レベルで意味変化が起きるとし、アスペクト助詞“着”を体系的に図表化した点に対して、高い評価があった。しかし、発表者が用いたテクニカルタームに対し、慎重を期すようにという意見と、言語事実を基本として再分類するほうが良いとの指摘があった。

 

 

2.高橋弥守彦(“被字句”の受け手と仕手について)

 “被字句”は各研究者により分類の仕方が異なる。発表者は梁鸿雁(2004)、徐昌火(2005)などを参考にして、“被字句”を構文構造から以下の5類に分類している。このうちの受身義を表す「“被/为”+仕手+“所”+動詞」などを受身のむすびつきとしている。

“被字句”の構文構造
①受け手+“被/为”+仕手+“所”+動詞
(1)他被/为这本人物传记所吸引。(梁鸿雁2004:219)
      彼はこの伝記物語に夢中になった。(筆者訳)
②受け手+“被”+仕手+動詞+“为/做/作/成”+名詞性語句(徐昌火2005:245)
(2)黄河被中国人叫做“母亲河”。(梁鸿雁2004:220)
      黄河は中国人から「母なる大河」と言われている。(筆者訳)
③受け手+“被/让/叫/给”+仕手+動詞+その他
(3)他被/让/叫/给这本人物传记吸引住了。(梁鸿雁2004:219)
      彼はこの伝記物語に夢中になった。(筆者訳)
④受け手+“被/让/叫”+仕手+“给”+動詞+その他
(4)他被/让/叫这本人物传记给吸引住了。(梁鸿雁2004:219)
      彼はこの伝記物語に夢中になった。(筆者訳)
⑤受け手+“被/给”+動詞+その他
(5)他被/给吸引住了。(梁鸿雁2004:219)
      彼は夢中になった。(筆者訳)

 発表者は先行研究と例文を参考にして、“被字句”を上掲の5構造に分けている。発表者は“被字句”の基本構造を「①—1」とし、他の4構造は派生構造とし、それらの関係を体系的に説明している。“被字句”5構造と意味上の受身文と語彙上の受身文とに関係についても明らかにした。

 本発表では、“被字句”5構造の中の「受け手」と「仕手」とについて検討している。発表者は“被字句”5構造の言語調査から、“被字句”の受け手と仕手はかなり多彩だが、ヒト類が最も多く、次にモノ類であるとし、コト類や組織類はごくわずかであるという報告と、ヒト類以外が受け手や仕手に使われる場合は擬人的な用法が多いと指摘した。また、受け手や仕手がどういう状況下で省略されるのかも明らかにしている。

 これに対し、会場から発表者のたてる「受身のむすびつき」に対する質問があり、発表者から受身のむすびつきの意味内容「他からの影響がある」ことの重要性と機能性が明らかにされた。発表者によれば、これまでの観点は、この概念がないために、意味上と語彙上の受身文の範囲が曖昧であり、その中には、受身表現と主述文と客語前置文とがあるという説明があった。

(文責 高橋弥守彦)
 

Last-modified: 2013-12-07 (土) 12:25:29